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たんたんの日々

淡々と生きる。坦々と暮らす。忘れていた楽しみ、おいてきぼりにしていた暮らし、新しい愉悦、心地よい時間を再発見していく日々をつづる。

暮らしとカラダの変化

平日の朝風呂に行った。
じいさんばっかりである。僕もその一人だが(笑)。
 

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何気なく乗った体重計で60kg台の数字が目に入って我が目を疑った。うちに帰って再度乗ってみたら概ね同じ。まちがいでなかった。
 
1年前は75kg目前で戦々恐々としていたから、ほぼ5kg減ったことになる。


退職後3ヶ月の僕は、ありがたいことにあちこちで送別会やら、暇そうだから呼んだとか、時間ができたので旧知の仲で久しぶりにとか、連日のようにとはいわないが、現役時代よりは飲んでいるかもしれない。特に摂生した意識はなく、ここまで落ちた。

大きく変わったことは普段の食生活。
 
通勤途上でモーニングを採ることも多く、昼食の量も内容も定食のそれだった。昼しっかり食べておかないと夜まで持たない、とか、残業で遅い夜は家に帰る前にお腹がもたずに、ついエキナカで外食。ついでのビールジョッキも自分に許していた。
 
今は外飲み以外は粗食少量といえる。少量食べて、小腹がすいたら、また少量(冷凍の小さな焼きおにぎり一個とか)採る。それがいいのかわるいのかわからないが、それでも体重が落ちたということだ。

机に座り放しでパソコンや会議続きの仕事ではなくなったこと。
 
のことも、外の仕事も立ってする。あるいはけっこう動きまわる。
 
 
退職後は定期券の恩恵に浴さないから電車賃節約のためと、時間に追われていないから多少の距離ならまめに歩くようになった。
 
そのいくつかが合わさってのサプライズ!だろう。

この程度のこと、現役時代にやれる人はとっくにやってるか。でも僕は苦行僧のようなことはしたくなかったゆるい人間だから。

ここで、な~んだと笑わないでいただきたいが、僕は身長163センチだから標準体重は約60kgをきらないと。あと10Kgもある。

ここからスタート。ゆっくりまた1年かけて5キロくらいかな。

 
 
 

 

正月の花

正月の花。おせちは適当でも、花があると気分がいいね。

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これは妻のしわざ。いけばなやフラワーアレンジメントを習ったことは無いそうだが、なかなか形になっていて、たいしたもんと思う。

100年を生きる

正月も三が日が明け、世の中は通常の暮らし、仕事が営まれている。僕はこのあと一生正月である。それは冗談として・・・

「LIFE SHIFT ~ 100年時代の人生戦略」を読んだ。

1,2ヶ月前から本屋で平台に積まれていることが多い。

LIFE SHIFT(ライフ・シフト)

LIFE SHIFT(ライフ・シフト)

 

 僕はこの9月に勤め人の一線を退いたことで、人生の第三のステージに入ったと考えている。

多くの知人は「悠々自適ですね」とおっしゃる。しかし、そんなことはない。冗談めかして「汲々自殺」にならぬよう頑張ります、などと答えているが、事実、慎重に生きていかねばならないと思っている。お金も大事だがしっかり準備はできなかった。それよりどう生きるか、心持ちの問題も大きい。

1st:教育を受け、2nd:仕事をし、3rd:引退する。という従来の流れで云うところのの第三のステージには程遠い。完全引退は理想だが、従来の延長で役職定年後65歳くらいまで仕事をしても、その後に必ず来る「本来の自分の人生」のあり方づくりを先送りにしてしまうとの危惧もあった。いままでの人生ではずっと先送りにしてきたから、僕にとっては、ある意味待ったなしになっているのだ。

この本では、ちょうどその、新しい時代における第三のステージのありようが、次の3つのキーワードで示されている。

エクスプローラー」(探検者。自分と相性のいいものを見出す資質をもつ人)

「インディペンデント・プロデューサー」(職を探す人でなく自分の職を生み出す人)

ポートフォリオ・ワーカー」(異なる種類の活動を同時におこなう人)

*(  )内は僕の勝手な抽出引用。詳しくはむろんこの本で。

さて自分はどのような人であろうとするのか。この本は指南書ではないが、僕だけでなく多くの人が今後の生き方を自ら考えるヒントを内蔵している。

 

淡々と生きる。坦々と暮らす。

ブログのスタートにあたって

30数年の勤め人ぐらしをやめたとたんに淡々と生きていくことなんてできるのか、自分でもわからない。
欲が無いわけでないが、今後を考え、少なくともくらしを小さく整え直しながら楽しんでいく。
忘れていた楽しみ、おいてきぼりにしていた暮らし、新しい愉悦、心地よい時間を再発見していく。
そういう日常が他人から見て面白いのかわからないが、自分にとっては人生の第三のステージの現実ということになるだろう。
ひとつの公開日記帳として、淡々と書き連ねていくつもりだが、どういう展開になるのか、それはわからない。