たんたんの日々

淡々と生きる。坦々と暮らす。忘れていた楽しみ、おいてきぼりにしていた暮らし、新しい愉悦、心地よい時間を再発見していく日々をつづる。

たとえ先は短くても、自分の「将来」を具体的に描くのはいいことだ

職業訓練校は訓練だけするのではなく、就職させることが最終目的なので、そこにかなりの力を注いでくれる。

実技訓練の合間を縫って、厚生労働省が推奨する「ジョブ・カード」を書かされる。

生涯を通じたキャリアプランニング、および自らの職業能力を整理し、他人にも伝えやすく表現する。可能性ある年齢の人たちにとっては、その後の履歴書・職務経歴書の下敷きとなる以上に、振り返りと将来への望みを可視化するのにはいいツールだと感じた。僕のような年齢やキャリアだと選択肢は狭いが、それでも、今後いつまでにどのように、を明らかにする作業ができて心地よかった。

 

「職業興味検査」というのは初めてで、さんざん社会に出ていて今さらではあるが、なかなか面白かった。僕の場合は、というと・・・

・具体的で実際的な仕事や活動に対する好みが高い(98%=どのくらい高いかの割合)

・研究的・探索的な仕事や活動に対する好みが高い(83%)

・芸術的領域での仕事や活動に対する好みが高い(93%)

・人に接したり奉仕する仕事や活動に対する好みが高い(87%)

これにたいし、

・組織運営や経営のような仕事や活動に対する好みが低い(35%)

・定まった方式や規則に従って行動するような仕事や活動に対する好みが低い(50%)

他にも、自己を抑制する傾向は低く(つまり好き勝手)、社会的名声や権力への関心は低く、職業に対する見方が常識的でない。ここから導き出される僕に合いそうな職業像は、デザイナー、建築士シナリオライター、コピーライターだった。

「やっぱりな」である。似たようなことは趣味っぽくやってきたし、仕事もビジュアル系に寄っていたのは確か。ただ、今から職業にするには、さすがにもう無理だろ(笑)

 

 個別就職指導(若者は30分以上何回もの人も多かったが、僕は1回だけ10分程度で終わってしまった)、求職申込書・自己PR表・応募書類の作成支援(僕は添削を希望したがこれで大丈夫とすぐに戻され、つまらなかった)、ハローワークとは別に直接企業からきた求人情報の提供(僕には年齢でほぼ回ってこなかった)、企業との面接のセッティング(結局は自分でやった)など、多くの支援を具体的にしてくれる。

 

言っておくが、僕が通っていた訓練校がオジサンをないがしろにしている、ということでは全く無い。求人の絶対数が少ないし、若い世代に、慣れない書類書きや手順や面接の姿勢などを手取り足取り教えなければいけないためだ。オジサンはほっといてもできるとみて、とりあえずほっとかれるだけだ。優先順位ちゅうもんだな。

 

若い人たちの熱心な求職活動にあてられて、こりゃ早めに自分で動かないと訓練校が終わっても職が決まらないな、と思った時点で、「たんたん」とした日々がさらに遠のいたことに気づきもしなかった(笑)。

オトナたちの学校の「道くさ」

 職業訓練校入校に際して(正式には入学ではない。なぜなら、学校教育法における学校ではないからだ)、「あいさつ・マナー・規律」が強調される。

 

 こういうことをうるさく言う背景には実際に多発するのだろうか、とも感じたが、実際にはまったくといっていいほど、そのようなことはなかった。

たしかに、20歳前後以下の子は自分たちもそうであったように多少粋がったり背伸びする態度の者もいないでもないし、外見では多少「怖めの人」もいるが(笑)ピアス・茶髪はまずいない。いったんは社会に出て、転職に際して職業訓練を選ぶから、ただ遊びたいだけの中高生とは違う。基本はみな、ほんとうにまじめである。

 

始業は8時50分だが、多くの者が8時半には登校して作業服に着替えて、開始を待っている。

時間割は、8:50~10:20、10分休憩、10:30~12:00、1時間休憩。しっかり1時間の昼休みだが、外に出ても食事する場所は少ないので、仕出し弁当か、カップめんの自販機か、持参だ。時間をもてあますが、僕は広い敷地を2周くらい歩いていたし、寝てるもの、予習してるもの、中にはボールとグローブを持ち込んでキャッチボールするグループもあった。

午後は、13:00~14:30、10分休憩、14:40~16:10。これで終業。おおむね16:50ころの電車にみな乗るからホーム上は人があふれんばかりだ。

 

ときおり混雑を回避して、昼過ぎから開いてる駅前の立ち飲み屋で明るいうちから飲むという「道くさ」も、オトナたちの学校のよいところであった。

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訓練校通いの決算は、大きな黒字

職業訓練と資格取得の費用について一応整理しておこう。

 

職業訓練コースの教科書:16090円

作業服(ワークマンで自己調達):4010円

訓練生総合保険:5350円

二級ボイラー技士:実技講習受講料21600円テキスト計8880円、試験6/21受験料6800円

第二種電気工事士:筆記試験6/4、技能試験7/22受験料9300円、

乙種第4類消防設備士:試験5/17受験料2800円

乙種第4類危険物取扱者:試験8/6受験料3400円

甲種防火管理者・甲種防災管理者:受講料8500円

・・・合計86652円は、自己負担である。

当たり前であるが、このほかに申込書などの郵送代、講習や試験会場までの交通費なども自腹である。ボイラー技士試験は千葉県市原市の試験会場まで神奈川県内の我が家から往復5000円ほどになるからなかなかバカにできない出費だった。

 

僕はハローワーク職業訓練を希望し認められ、「訓練受講指示」を受けて入校したので、入校検定料2200円、入校料5650円、授業料118800円は無料となったが、ハローワークを通さず自腹覚悟の受講者も居るわけで、みな真剣なのだ。

雇用保険からは毎月おおむね20数万円の支給をうけるのが、訓練終了まで約5ヶ月分伸びるので、何もしない場合より120万円以上「お得」になったわけで、それだけでも経済的価値はあった。

しかし、もっともっと宝物のようなものを僕は受け取れた、と思っている。

 

それは受講同期15人のなかま。

19歳から59歳まで40歳の開きがある「同級生」である。これは訓練校を通じたおおきな「黒字」。

卒業後はそれぞれ異なる就職先に散っていったが、半年を経て、ほぼ全員と交流があり、時折集まって飲む関係だ。

還暦を迎えたこの年齢になって、学校に通い、勉強し、弁当まで自分でつくり、幅広い同級生までできる。大人組は授業の帰りに寄り道して、学校近くの立ち飲み屋で、空が明るいうちから飲む、なんていうこともたびたびあった。

前職の勤め人時代からは、夢のような時間を過ごすことができたわけである。

 

これのどこが「たんたん」か。

 

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・・・そしていよいよ授業に入る。

 ・・・そしていよいよ授業に入る。

 

と前回、2017年4月11日の投稿の末尾に書いた。そして今日は2018年4月14日である。

PCのスケジュール設定が間違っているわけではない。

まさにこのブログ上で1年跳躍したのだ。

 

この1年間、「たんたんと」生きるどころではない日々を送り、結果として、いままた、勤め人に戻っている。

 

定年退職者である僕は、失業保険給付期間が少しでも長くなり、授業料無料どころか多少の通所手当て(通学のための日当)まで出て、定期券代も出してもらって、興味ある分野を学ばせてもらえるという邪念丸出しで職業訓練校に入ることを決意したわけだ。

 

その中で公的資格取得のための試験勉強と受験があり、僕はビル設備管理系の資格をいくつも取ることになった。

職業訓練校の中にいると「資格を取らなければ明日はない」みたいな雰囲気もあって、特に若い多くの受講生が真剣に講義を受け、試験勉強を重ねていくのを見ていると、年寄りでも負けていられるか、みたいな気持ちも芽生えてしまうのだ。「あてられた」といってもいい(笑)。

 

結局、職業訓練校の授業(訓練課程)は、6ヶ月の短期過程とはいえ、707時間におよんだ。

その間、僕が取得した資格は6つにのぼった。

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職業訓練へ

〔さらに承前〕

 

それだけに、「合格」がわかった時は本当にホッとした。(今はHPで合否がわかる)

2月下旬 入校選考試験

3月上旬 合否発表  同日、入校確約書の提出。合格通知書受け取り。

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3月中旬 入校説明会。

・教科書購入申し込み。

職業訓練生総合保険加入。

・公的資格試験 受験申し込み。

4月上旬 入校式。午後、管轄の職安に行き受講届け提出(失業給付切替手続き)。

翌日    全体オリエンテーション(全体)と受講コースでの自己紹介。

さらに翌日 コース別オリエンテーション

・・・

 この間、何回も強調されたことは、訓練校の最終目標は職業を得ること。

その目的は「納税者」を増やすこと。なので受講期間途中でもどんどん就職活動し、どんどん就職すること。訓練校は、税金を投入されて運営されていること。一人あたり110万円程度だからしっかり勉強し、可能な限り資格を取り技術を身につけること。

まあ、それは、そのとおりだろう。

 

そしていよいよ授業に入る。

因数分解? 連立方程式? 平方根?

〔承前〕

 

「中学卒業程度」という入校選考(入試)の数学過去問を取り寄せて固まった。

因数分解? 連立方程式? 平方根? ・・・すっかり忘れてる!!!!

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社会に出てから40年。いったい何回これらを使って仕事をしただろうか。僕の場合、皆無だったろう。

 

とんだ心得違いをしていた。さあそれからが大変だ。

へんな意地もじゃまして、今さら中学生の参考書を買うのも業腹だ(笑)が、さりとて

 

どれも解けないのではあんまりだ。

 ありがたいことに今はyoutubeに沢山の「授業コンテンツ」がある。その中から、僕にとってわかりやすい授業をしてくれる方のシリーズを選び、彼の設問を書き取りコピーして何回もやってみる、答え合わせしてみる、わからないところはさらに1年生や小学生までさかのぼって確かめる、ということを繰り返し、何日かは徹夜っぽいことまでして、何十年ぶりかの「受験勉強」に熱中した。

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幸い、国語のほうは、どの過去問も9割以上は得点できたので、数学に集中できた。

いやー自慢じゃないが本当に忘れ去っていた(笑)冷や汗ものである。

配点の多いものに照準をあわせる一方、何問目から後の文章問題などは「捨て」てかかり、全体で何割以上取れればいいやと腹をくくって臨んだのだが・・・・。

 

当日も驚いた。

希望コースの前回の倍率は1.1程度と聞いていたが、ふたを開けてみたらもっと受験者が多いじゃないか! どきどきもので受験した。

ある意味で清清しい緊張感につつまれて受験できたことは貴重な体験だった。

学力試験はまったく自信なかったが、その後の面接までなんとか乗り切った。

・・・(つづく)

「たんたんと」生きるつもりが・・・

「たんたんと」生きるつもりが、また、少々忙しくなってきた。

4月から職業訓練校にかよい始めたからだ。

 

話は昨年秋にさかのぼる。

僕は9月に定年を迎えた(選択定年制度を使い1年前倒し)。

直後から、多少前職の手伝いやら、学生時代の後輩からの依頼で、アルバイトとして多少の仕事をさせていただいたので、それらが終わる12月になってから職安に求職申し込みをしに行った。

 

失業認定を受けて年末ぎりぎりに雇用保険説明会があったのだが、そのときに壁のポスターに気がついた。

「手に、職。」が未来を変える。

・・とある。

 

第2ステージの入り口にあって、暮らし方を意識的に変え(たんたんと生き)、長く息の続く働き方をしよう、と考えていた。

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ただ、「手に職」は、自分の職歴では身につけることができなかった。

若い頃に夢見たことがある「家具職人(木材加工)」の道は、34歳以下が受講条件だった。「内装工事(室内施工)」の道も、さすがに修了時60歳の新人がこれから仕事を見つけるのはいかんともしがたく断念。それでもこの年齢で受講でき、就職にも結びつきそうなコースがあったので、そのうちの一つを選んだというわけだ。

もちろん、受験料、入学金、授業料も不要で、失業給付は(訓練修了まで延長して*)いただきながら、通所手当もいただきながら、定期代も出していただきながら、この歳になって勉強ができる、その結果資格を得て今後の身を助ける、訓練校には専任の就職支援スタッフもいて紹介率も高い・・・という実利も十分魅力的に映った。

*注:僕の場合、失業給付は150日間(12月末から5月まで)。それが職業訓練校に通うことになれば、9月修了まで4ヶ月間延びるというわけだ。 

 

パンフレットを持ち帰って検討。正月休みに申込書を準備のうえ、年明けの早々の認定日には相談、受験の意思を表明。受講指示を取り付けた上で、おもに1月中に開催されるオープンキャンパスや体験入校に参加した。

施設、設備の充実度や、美しく保全されている状況は、私の職業訓練校へのイメージを大きく変えるものだった。講師の人柄や説明のしかた、受講生・体験参加者などの雰囲気についても自分なりに確かめたうえで、迷いなく受験申込書を提出したのだ。

 

だが、問題はそれからだった・・・(つづく)